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山形地方裁判所 昭和36年(モ)116号 決定 1961年8月12日

申立人 菅原一

主文

本件申立はこれを却下する。

理由

一、本件異議申立の要旨とするところは、

(一)  申立人の父であつた亡菅原弥五郎(控訴人)は、件外池田幸子(被控訴人、なおその法定代理人として父池田一太郎。以下相手方という。)との間の宮城控訴院昭和八年(ネ)第二〇六号不動産引渡登記抹消請求控訴事件において、昭和十一年五月十八日両者の間に別紙記載の条項の裁判上の和解が成立してその旨和解調書に記載された。

(二)  菅原弥五郎は昭和十二年七月四日死亡し、申立人において家督相続により右債務名義における菅原弥五郎の地位を承継した。

(三)  而して弥五郎の妻の豊井は申立人に代つて和解条項記載の代金三万一千五百円を相手方に支払うべく八方その調達に努めた結果、昭和十四年八月に至り双方とは親戚筋の五十嵐三郎右エ門に右三万一千五百円に三千五百円を加えた金員を託してこれを相手方の父一太郎に手渡しその支払を了した。なお当時相手方は東京に遊学中で一太郎においてその代理人としてその一切の事務を処理していた。

(四)  そこで申立人は昭和三十六年一月二十日右和解調書について亡弥五郎の承継人として承継執行文付与の申立を為したところ同年四月三日当庁裁判所書記官補豊田久吾は裁判官の命令を得られないとしてこれを拒否した。

(五)  しかしながら、右の拒否処分は上述来の理由により不当であるのみならず、申立人は昭和三十六年四月二十二日あらためて相手方を受領者として右代金三万一千五百円を山形地方法務局鶴岡支局に供託(昭和三六年金第五号)しているのであるからすみやかに当庁所属の裁判所書記官に対し右の和解調書について債権者である亡弥五郎の承継人たる申立人に相手方に対する強制執行の為に承継執行文を付与すべきことを命ぜられたく本件異議に及んだ

というにある。

二、よつてその当否について按ずるに、一件記録に徴すると、昭和十一年五月十八日、亡菅原弥五郎と件外池田幸子との間において申立人の主張のような裁判上の和解が成立してその旨和解調書に記載されたが、昭和三十六年一月二十日、右和解調書について亡弥五郎の承継人として申立人が承継執行文付与の申立を為したところ、同年四月三日、当庁裁判所書記官補豊田久吾は裁判官の命令が得られないとしてその申立を拒否したことが認められる。

ところで同事件を担当の当庁裁判官小谷卓男の当裁判所の照会に対する回答書によると、同書記官補は同裁判官から右和解調書について申立人に対し承継執行文を付与しえない旨を事前に口頭で通知されていたことが窺われるのであるが、もともと本件和解調書はその内容の上からいつて債務者である相手方の給付義務の履行は債権者が先給付義務を履行することを条件としていて、しかもそこに表示された債権者の亡弥五郎に承継があつたということで、その執行力ある正本を申立人に対し付与するには民事訴訟法第五百二十条第一項所定の裁判長の命令を必要とするのであるがその裁判長の命令が得られないという以上その命をうけて職務を行う裁判所書記官として執行文を付与しえないことはもとよりであるから、同書記官補が申立人に相手方に対する本件和解調書の承継執行文の付与を拒絶したからといつてその処分自体を目して直ちに違法であるとはいえないし、飜つて、本件承継執行文を付与するための実体的前提条件の存否について立入つて按ずるとしたところで、まずその主張する第三項の弁済の事実については、これを否定する相手方の反駁を排斥するに足る資料が未だ充分であるとは言い難いのでその証明がないものといわなければならない。すなわち、相手方では本件和解条項の代金三万一千五百円はこれを受領したということはなく、一太郎からも申立人との間の紛争については一切けりがついていると聞かされてきていたところが、一太郎が病気でたおれている矢先におもいがけなく本件の問題が持ち出されて当惑していると反駁をくわえているのであるが、その点申立人は、豊井において五十嵐に対し金三万五千円を一太郎に支払つてくれるように託したあとは五十嵐を信用していたところから、はたして同人が一太郎に支払つてくれたものかどうかというようなことまでは確めてみることをしなかつたと疏明しているにとゞまつてその主張するように一太郎には支払を了したということについての確たる証拠はないのみならず、それより二十年余の時日をすぎた今日あらためて和解調書の執行を開始すべく執行文付与の申請に及んでいるということもいまだ一太郎には支払を了していなかつたのではないかとの疑いを深くさせるところであつて、一応申立人は、このような仕儀となつたということもひとえに相手方の祖母である久恵が本件建物で余生を完うしたいとしてその存命するうちは明渡とか登記の移転というようなことは一切持ち出さないでほしいというたつての要望があつたので敢て催促がましいことはしないでそのまゝにしているうちに昭和三十年には久恵も死亡して爾来約束の登記の移転を交渉し督促してきたが、まもなく一太郎は中風で病床に臥す身となつて話し合いをなすすべもなく、埓があかずに本件執行文付与の申請に及んだとして弁疏しているが、相手方のいうことには昭和三十四年の秋頃相手方では申立人の側から本件建物を売却してもらいたいとの交渉をうけたことがあつたけれども値段の点で折り合わないでそのまゝとなつてしまつたことがあるにすぎないとしていて、所詮いまだ当裁判所においてはその間の事情については確信を抱くことができないところである。

次いで申立人はすでに弁済供託によつて本件和解条項に基く債務は履行したと主張する。

なるほど疏第四号(山形地方法務局鶴岡支局法務事務官作成)によるときは申立人は昭和三六年度金第五号を以て相手方を受領者として金三万一千五百円を同支局に弁済供託したことが認められるが、かような供託によつて債務を免れうるための要件としての「債権者カ弁済ノ受領ヲ拒ミ又ハ之ヲ受領スルコト能ハサルトキ」あるいは「弁済者ノ過失ナクシテ債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」に該当するということについては、いまだ申立人において何等の立証をもしていない以上は右の供託によつて申立人の債務は消滅したとしてその効果を主張することは由ないところであり、ことに本件和解の成立の当時からみて著しく貨幣価値が変動している今日において本件建物の代金としていまさら金三万一千五百円を弁済供託したからといつて直ちに相手方に対してその移転登記の請求権を認めることとなすのは甚しく公平を失して事理に反し信義則に悖るところといわねばならず、これを以てたやすく申立人においてその債務を免脱されるものとは目しがたく、いまだ申立人において相手方に対し前掲和解条項に基く債務の履行があつたものとは認められない。

右のとおりで申立人の和解条項第二項掲記の弁済を了したという主張についてもいまだその充分な証明がないことに帰するので、いずれにしても申立人の本件申立はその理由がないものといわなければならないから、これを却下することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 西口権四郎 下斗米幸次郎 武田平次郎)

(別紙)

和解条項

一、被控訴人は控訴人に対し代金三万一千五百円を以て別紙第一目録記載の土地建物、第二目録物件及第三目録物件湧出温泉の権利(但し此の内一斗三升の分湯使用権)を譲渡すること。

一、控訴人は被控訴人に対し昭和十一年十月三十一日迄に右代金を支払うこと。

一、被控訴人は右代金受領と同時に所有権移転登記手続を為すこと。但し被控訴人に於て前記代金を昭和十一年六月中に提供を受けたる時は控訴人に対し二週間内に前第一項の物件を引渡すこと。

尚同年七、八月中に提供を受けたる時は二週間内に引渡すこと。

一、登録税其の他の費用は控訴人に於て負担すること。

一、温泉の権利名義は被控訴人の名義となし、湯出口を中心とする幅七尺長さ九尺の土地は控訴人と被控訴人との共有とし被控訴人の請求次第地役権を設定すること。

一、控訴人と被控訴人とは互に誠意を以て交誼し将来訴訟等を為さざること。

一、訴訟費用は各自弁とす。

第一目録

山形県西田川郡加茂町大字湯野浜字温泉弐拾六番ノ弐

一、宅地 弐拾坪

同郡同町同字同字四百六拾五番ノ六

一、宅地 拾参坪

同郡同町同字同字四百六拾五番ノ七

一、宅地 参坪

同郡同町同字同字四百七拾七番ノ壱

一、宅地 弐拾四坪

同郡同町同字同字四百七拾六番ノ壱

一、宅地 拾九坪

同郡同町同字同字四百六拾五番ノ拾壱

同郡同町同字同字四百六拾五番ノ弐

一、宅地 壱坪

同郡同町同字同字七拾七番

一、宅地 弐百参拾六坪

同郡同町同字字笹立壱番ノ七拾壱

一、宅地 六拾六坪

同郡同町同字字笹立壱番ノ四拾壱

一、畑 九畝拾五歩

同郡同町同字字同壱番ノ四拾弐

一、畑 七畝拾弐歩

同郡同町同字字同壱番ノ六拾壱

一、畑 五畝拾七歩

同郡同町同字字同九拾八番

一、畑 拾八歩

同郡同町同字字同百弐拾四番

一、畑 拾九歩

西田川郡西郷村大字下川字東海林場参百八拾八番ノ五

一、畑 弐畝拾九歩

同郡同村同字同字参百八拾八番ノ六

一、畑 参畝拾九歩

同郡同村同字字同参百八拾八番ノ七

一、畑 壱歩

同郡同村同字字同参百八拾八番ノ八

一、畑 弐拾九歩

同郡同村字同字同参百八拾八番ノ九、

一、畑 拾五歩

山形県西田川郡加茂町大字湯野浜字温泉弐拾五番ノ弐

弐拾五番ノ参、弐拾六番ノ弐へ現在

一、木造杉皮葺参階造住家壱号

建坪九拾七坪五合

内参拾弐坪五合 弐階

内参拾弐坪五合 参階

外拾壱坪七合五勺 下屋

外ニ七坪五合 浴室

但諸造作付

第二目録

山形県西田川郡加茂町大字湯ノ浜字温泉二十五番ノ二、二十五番ノ三、二十六番ノ二、現在木造杉皮葺三階造

住家ニ付属スル

一、畳全部

一、障子、襖全部

一、其他建具全部

第三目録

西田川郡加茂町大字湯野浜字浜泉四百七拾七番ノ壱地内

一、湧出温泉ノ権利

なお、昭和三十五年十二月十九日山形地方裁判所において本件和調解書の記載につき左の旨の更正決定がなされている。

すなわち第一目録前から一行目「大字湯野浜字温泉」とあるを「大字湯野浜字泉浜」と、同目録後から九行目、「大字湯野浜字温泉」とあるを「大字湯野浜字浜泉」と、第二目録前から一行目「大字湯ノ浜字温泉」とあるを「大字湯野浜字浜泉」と更正する。

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